パトカーへの要望

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今日は、午前中は仕事で、午後からは、小学校の感謝祭だった。

いつものごとく、車でいつもの千葉市緑区のT字路を曲がる時、一旦停止した時、
T道路の右側にライトを点燈させタクラウンのパトカーが私の視野に入った。

「何か事件でもあったのかしら・・・?」
と思いながら私は左折。パトカーに道を譲る為に、35キロで徐行運転。

道なりに450メートル先で、パトカーに呼び止められる。
先ほど、パトカーと出くわしたT字路で、私が一旦停止を怠ったと・・・。

私は止まりました。他の車と間違えたのではないでしょうか?
なぜ、450メートル先までつけて来て、急に違反切符を切られる
のか、どうしても納得がいかない。

それは、お金の問題ではなく、人権の問題だと思う。

いくら説明しても、警官の主観的な目視情報のみが優先され、一方的に
とても威圧的な態度で事務処理され、私はとても屈辱的な思いをした。

もちろん、このような「おまわりさん」ばかりではなく、ほとんどの警察の
職員の人は真面目に公僕に尽くして下さっているとは思う。

しかし、パトカーは、ビデオ撮影装置を設置する等、具体的な証拠の保全をし、
その上で、違反を正しく正当に取り締まっていただきたいと
思った。

人生の醍醐味

昨日は、お隣の街でのパソコンクラブの新年会で、
いろいろと本音のお話をして、楽しかった。
普段は教室で静かにあまり自分の意見を言わない人が
どんな風に思っているのか、感じているのか、知りたかった。

女性ばかりだったので、乳がんのお話もさせていただいた。
色々な人が縁があり、集まり、語り合う。

人と係ることが希薄な現代、傷つくことを恐れないで、自分を
さらけ出し、本音で人と語りあうということはとても、大事だと実感する。

少しでも、人の役に立てることがあれば、させていただき、
私が至らない点は助けていただき、
最期まで、なんらかの形で社会と係り生きることが人生の醍醐味だと思う。

受験生と親の見栄

丁度、3年前、長女の高校受験の前に「余命半年」の宣告を受け、
その時に、私の心の中で、ガラガラと大きく色々な物が壊れた。

その中には、壊れてしまってよかったと思う「価値観」もある。

「子供の為、子供の為」と言いながら、実は「自分の為」
「いい学校に入れたい。」というのは半分以上は親の見栄だと思う。

「親の見栄」は子供の大事な「やる気」の芽を摘んで、健やかに育つ心
の妨げになることもある。

次女のサクラは、無事に咲いた。
今日は、長女のセンター試験。

色々な形で、色々な花がこれから、咲いていくだろう。

部活をして、勉強もして、夢を持って、仲間を作って、恋もして、
自由に青春を謳歌して欲しい。

一度きりの人生だから、好きなように生きて、「いい人生だった。」
と思って欲しい。
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