2006年09月

「どこからが末期?」

先日、主治医に質問した。
「それは難しいが、少なくとも、今は違う・・・。」

緩和ケアとか終末期医療とかいう言葉をよく耳にするけれど、
何時からが末期なのかが、当人には正直よくわからない。

余命半年の宣告から、今年で、4年目。
告知された時は、緩和ケアへただちに入院準備をしなくては
いけないとか、遺言とか、葬式の準備とか・・・。
頭の中がグルグルまわったけれど、正直、現時点では何もしてない。

まだ、現役で働いているし、旅行をしたり、泳いだり?
自分ではとても、そう簡単に死ぬようには感じないからだ。

骨転移はしてるけれど、何の痛み止めも使わずに暮らせている。
家族を含め、周囲の人達の暖かい支えがあるおかげで、とても
心も穏やかに、そこそこに幸せを感じて生きている。

心の底では、ひょっとしたら、このままのらりくらりと生きている
うちにがんを治す特効薬が発売されて、薬なしでも、生きられる日が
来るのかも知れないと、希望を抱いている。

一寸先は闇。
死ぬ時は誰にでも、来る。

突然かもしれないし、誰にも、予想は出来ない。
ただ、今日、一日を生きることを目標に、大事に自分を生きるだけ。

「幸せ」の定義


仕事先で、子供の標語ポスターをみかけた。

なってやる、この手で、絶対、幸せに。」

力強い言葉が目にとまった。
まだ、小学生のこの子の求めている幸せって、何だろう?

帰宅後、次女にそのことを話したら、
「その子、今は幸せじゃないのかなぁ?」とつぶやいた。

幸せって、「なる」ものなのか?
「自分が感じる」ことじゃないのだろうか。
その子の描いた幸せ像って一体、どんなだろう?

人の不幸

人の不幸を悲しめる人は、人の不幸を楽しめる人でもある。」

銀色夏生さんのエッセイからの言葉。

彼女がいうには、人の人生に感情移入するべきじゃないとのこと。

他人を「かわいそう」って思うのは、自分にはまるで別世界で、
その人よりも一段高いところから見下ろした感情である。
もしかしたら自分だって、いつそうなるか分からない。
そう考えたら「かわいそう」って思えない筈。

だから、彼女はどんなに不幸な事件を目にしたり、耳にしたりしても
「ああ、こんなことが実際におこるんだ」と、ただ事実として
受け止めるそう。

今、話題になっている 直木賞作家の坂東眞砂子さん(48)の「子猫殺し」
のエッセイを読んだ時、私はふとこの言葉を思い出した。
読んだ時、一瞬ギョッとしたが、別に、抗議する気持ちにはならず、
「ああ、こういうこともあるんだ・・・。」と思った。

それは、障害者や病人が「かわいそうに・・・。」と他人に思われるのがとても、
嫌な気持ちとどこか似ている。

命の不思議

ホルモン剤ヒスロンHを止めてから、2度目の採血。
腫瘍マーカーが激的に下がった。
ということは、もうホルモンの感受性はないのかも知れない。
治療は、経口抗がん剤フルツロンとエンドキサンのまま続行を決める。

肝臓はNC(現状維持)状態。

腫瘍マーカーがこんなに下がったのは、本当にひさしぶり。
石垣の海で免疫上がったせいか、こんなこともあるんだな・・・。
と思った。

あいかわらず、仕事をして、家事をして、週末は家族とゆっくり過ごし、
いつのまにか、季節は秋に。

どうか、このまま静かで穏やかな時間が長く続きますように・・・。

転移の恐怖

手術等、早期治療により、治癒する患者の多い乳がん患者にとって、
「転移の恐怖」というものは、想像を絶するものがあると思う。

再発するのが怖くて怖くて、しかたない患者達の気持ちはよく分かるつもり
だけれど、鈍感な患者同士の発言に傷つくこともある。
こういう場合は、健常者の方がまだ、気を使ってくれる場合もある。

9/8 読売新聞に掲載された
転移の恐怖 見つめた命 本田 麻由美記者

転移再発した乳がん患者の生存期間中央値は、近ごろは4年ほどと聞く。」

この部分はもっとオブラートに包んだ表現にして欲しかったと思う。
たとえば、「再発乳がんの治療もすすんでいるそうだが、がんが治癒しない
ことを覚悟しなくてはいけない。」等、言葉のプロなんだから、いくらでも
言い回しがあると思う。

乳がんが再発して、治療中の人でも「がんと共存」して長く生きている
人もいるし、希望を持って治療を続けている人も、ましてや自分の予後を
知りたくない患者も大勢いる。

だから、公の紙面で、わざわざ具体的数値を書かなくてもいいのになぁ~。
と正直、思った。

もし、彼女が再発していたら、書けただろうか、そんな残酷なことを・・・。

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