「相手の立場になって物事を考える。」
とても大事なことだけれど、なかなか出来ないこと。不可能だと思う、それぞれに「立っている場所や背負っている物」が違うのだから。

癌患者の場合、川に溺れている人が再発して死にかけている人。私は今、確実に溺れかかっている。なんとか、浮き輪につかまって浮いてる。その浮き輪も空気が抜けそうだ。

河岸には、医師や看護婦さん達が、懸命にロープや浮き輪を投げて、私たち癌患者を救おうとしてくれている。
家族はその脇で何も持たず素手で、「うちの女房を助けてくれ~!」「お母さんを助けて!」と叫んで、何をしていいかわからず、おろおろしている。

溺れる前に河岸に立ち、何時自分が溺れるか、怖がって足元をぬらし、たたずむ人達もそこには大勢いる。

患者会という存在は河岸にあるテント。
テントの中で休んでいる人達はお互いに励ましあったり、元気な人は、世話が係になる。

河岸で浮き輪代わりに「わら」を1本100万円で、家族や患者に売りつける悪徳商人もそこには大勢いる。

橋の上には大勢の傍観者達。
黙って通り過ぎる人も大勢いる。
心ある人もいれば、心ない人もいる。
それが世間というものだ。

相手の立場になれないのは当然。
皆、自分の立場で物事を考える。
相手の立場にはなれなくても、相手の立場を思いやる、イマジネーションは豊かでありたい。