「命」という漢字が一般では最も多かったそうだが、
私にとっては「生」という字だった。

二つを合わせると「生命」となる。

今年は命を落とすかもしれない。
多分、落とすだろう。

と思いながらも、「生きる」ことだけを考えて一年を過ごした。
人には医学では解明できないような「生命力」があるのではないかと思う。

心無い人は「遺書を書け」とか死ぬ準備を勧めるが、
不意の事故や事件でお亡くなりになった人達は死ぬ準備をしている暇はなかっただろう。

・・・だから、何もしなくていいと思う。

家族とは濃縮した時間を過ごした。
娘達とは「恋」のお話を沢山した。
息子とは一緒にいるだけで、幸せだった。
支えてくれている夫には感謝をした。

幸いにも、未だに何の痛み止めも使わずに仕事は続けられた。

「生きる」ことはこうした日々の日常生活の
積み重ねで、その時の中で、確実に子供達は成長し、夫と私は
支え合い、人生の目標を達成しようと努力している。

人は確実に生まれた時から、『死』に向かって歩いている。
老若男女、関係なく、何時、その時が来るかは誰にも分からないけれど、
必ず死ぬからこそ、今を一生懸命、生きられるのだと思う。

死は誰にとっても、自然なことだから、怖がってはいけない。
人は必ず、平等に死ねるのだから、生きることをも怖がらない。
そして、人間同士が互いに、生きることも、死ぬことも、怖がらせない。